巣立つ直前・・そう長くは一緒に暮らせない息子たちとの、会話中心の日記です。
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【履修漏れ】をしていた高校が全国で400校を超えた。
我が家の次男も高校3年生なので、他人事とは思えない。
事件が発覚した時、私は笑いながら次男に聞いた
『世界史の勉強はしてる?』
同じ部屋に居た23歳の長男が先に答えた
『僕はしてないよ』
ハテ‥!?
長男と次男は同じ高校‥ならば‥もしかして‥
遅れて次男が一言
『たぶんしてない』
オイオイ!
勉強したかどうかぐらいハッキリ分かるだろうが‥
それを『たぶん』と答える我が次男。
情けない‥
でもその後に
『先生が「うちは大丈夫だ!」って言ってたよ』と。
うん!?おかしいぞ。
次男は必修科目の【世界史】はやっていない と言ってるのに‥。
もしかして、この後に及んでもまだ
学校側は隠し続けるつもりなのだろうか。
これがもし本当なら、我々保護者は黙っていてはいけない。
これ以上、傷口を広げ、
生徒たちの信頼を裏切るような事はして欲しくない。
そう思っていた2日後‥
我が家の二人の息子たちがお世話になった学校の名前が
新聞に掲載された。
これからどうするのかと不安になる前に
私はホッとした。
正直な学校で本当に良かったぁ。
これから次男たちは卒業までに
補修や何かで未履修科目を補っていくのだろう。
でも、将来その時間があって良かったと
思える日が訪れてくれると信じてる。
駆け足で、単位を消化していくだけの補修で
どれだけ頭に入るかは定かではないが、
こうして大人になって
「もっと勉強しとけば良かった」と思ったのは
私だけじゃないはずである。
少なくとも皆さん一度はそう思った経験がおありではないだろうか。
だから、70時間にも及ぶ【世界史】の補修を
前向きに受けて欲しいと思う。
高校生の子たちにそれを言っても理解してくれないだろうが
我が次男にはそう言って聞かせるつもりである。
我が家の次男も高校3年生なので、他人事とは思えない。
事件が発覚した時、私は笑いながら次男に聞いた
『世界史の勉強はしてる?』
同じ部屋に居た23歳の長男が先に答えた
『僕はしてないよ』
ハテ‥!?
長男と次男は同じ高校‥ならば‥もしかして‥
遅れて次男が一言
『たぶんしてない』
オイオイ!
勉強したかどうかぐらいハッキリ分かるだろうが‥
それを『たぶん』と答える我が次男。
情けない‥
でもその後に
『先生が「うちは大丈夫だ!」って言ってたよ』と。
うん!?おかしいぞ。
次男は必修科目の【世界史】はやっていない と言ってるのに‥。
もしかして、この後に及んでもまだ
学校側は隠し続けるつもりなのだろうか。
これがもし本当なら、我々保護者は黙っていてはいけない。
これ以上、傷口を広げ、
生徒たちの信頼を裏切るような事はして欲しくない。
そう思っていた2日後‥
我が家の二人の息子たちがお世話になった学校の名前が
新聞に掲載された。
これからどうするのかと不安になる前に
私はホッとした。
正直な学校で本当に良かったぁ。
これから次男たちは卒業までに
補修や何かで未履修科目を補っていくのだろう。
でも、将来その時間があって良かったと
思える日が訪れてくれると信じてる。
駆け足で、単位を消化していくだけの補修で
どれだけ頭に入るかは定かではないが、
こうして大人になって
「もっと勉強しとけば良かった」と思ったのは
私だけじゃないはずである。
少なくとも皆さん一度はそう思った経験がおありではないだろうか。
だから、70時間にも及ぶ【世界史】の補修を
前向きに受けて欲しいと思う。
高校生の子たちにそれを言っても理解してくれないだろうが
我が次男にはそう言って聞かせるつもりである。
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今度の日曜日の先輩とのデートがなくなった。
彼女にどうしても外せない用事が出来たらしく
今朝になって断ってきた。
この夏に体調を壊したと言う彼女を思い、
ジンギスカンを食べさせてあげたかったが
なるべく豊富なメニューから選んだ方がいいかな と
あんまり詳しくない札幌の居酒屋さんを探して、
一応行くお店も決めていたのに‥。
しかし、仕方ない事。
またいつか会える日を楽しみにするとしよう。
彼女にどうしても外せない用事が出来たらしく
今朝になって断ってきた。
この夏に体調を壊したと言う彼女を思い、
ジンギスカンを食べさせてあげたかったが
なるべく豊富なメニューから選んだ方がいいかな と
あんまり詳しくない札幌の居酒屋さんを探して、
一応行くお店も決めていたのに‥。
しかし、仕方ない事。
またいつか会える日を楽しみにするとしよう。
日本一ですよ。
『信じられな~い』が口癖のヒルマン監督も
今日ばかりは、心底そう叫んだに違いありません。
実は、
阪神時代から新庄選手があまり好きではなかった私。
同郷出身者ではあっても
野球人にはないあの軽さが
どーしても好きにはなれなかったのです。
しかし、北海道に来てからの新庄選手は、
地元人にしか分からない努力と人懐っこさで
球団も北海道のファンも
一つにまとめ上げてくれました。
応援の仕方すら分からなかったファンに
ただただ、野球の楽しさ‥しかも、
生で観る野球の素晴らしさを教えてくれたのです。
私の周りだけでも、日ハムのファンクラブに入ってる人がたくさん居ます。
巨人ファンの固まりだったこの北海道を
ここまで盛り上げてくれた日ハムの選手や札幌ドームの存在は
本当に感謝してもし足りない感じがします。
昨年の高校野球の駒苫の活躍以来
この北海道には活気が出てきたような気がします。
彼等が持ち帰った深紅の大優勝旗は
これからの若い人だけじゃなく
我々みたいな中年層にも影響を与えてくれました。
【努力】や【夢】と言う事を再認識させてくれた素晴らしい出来事。
そんな彼等の頑張りは、
きっと同じ北海道で野球をやってる日ハムの選手やファンの人々に
勇気を与えた事と思います。
今年の夏は甲子園で盛り上げてくれて、
この木枯らし舞う寒い季節になっても
日本シリーズで盛り上げてくれた日ハムと駒苫の選手の皆さんには
本当に心から感謝しています。
私が北海道に来て、もう11年が過ぎました。
しかし、昨年と言い、今年と言い
こんな素晴らしい感動を一緒に味わえた事は
私の一生の宝物となりました。
来年、私はどこの町に住むのか、まだ決まってないけれど、
やっぱり北海道は第2の故郷だと
胸を張って生きていきたい。
【勇気】【夢】【努力】
すべて誰もが簡単に使う言葉だけれど、
その重みを知ってる人間はまだまだ少ないでしょう。
私も死ぬまで、向上心を忘れないで努力して行きたいと思っています。
なのに‥(余談だけれど、)
本格的にダイエット始めて2週間が過ぎたと言うのに
1キロも体重が減ってないって
ど~ゆ~事なんでしょうね。
【努力】が報われないのですぅ‥。
『信じられな~い』が口癖のヒルマン監督も
今日ばかりは、心底そう叫んだに違いありません。
実は、
阪神時代から新庄選手があまり好きではなかった私。
同郷出身者ではあっても
野球人にはないあの軽さが
どーしても好きにはなれなかったのです。
しかし、北海道に来てからの新庄選手は、
地元人にしか分からない努力と人懐っこさで
球団も北海道のファンも
一つにまとめ上げてくれました。
応援の仕方すら分からなかったファンに
ただただ、野球の楽しさ‥しかも、
生で観る野球の素晴らしさを教えてくれたのです。
私の周りだけでも、日ハムのファンクラブに入ってる人がたくさん居ます。
巨人ファンの固まりだったこの北海道を
ここまで盛り上げてくれた日ハムの選手や札幌ドームの存在は
本当に感謝してもし足りない感じがします。
昨年の高校野球の駒苫の活躍以来
この北海道には活気が出てきたような気がします。
彼等が持ち帰った深紅の大優勝旗は
これからの若い人だけじゃなく
我々みたいな中年層にも影響を与えてくれました。
【努力】や【夢】と言う事を再認識させてくれた素晴らしい出来事。
そんな彼等の頑張りは、
きっと同じ北海道で野球をやってる日ハムの選手やファンの人々に
勇気を与えた事と思います。
今年の夏は甲子園で盛り上げてくれて、
この木枯らし舞う寒い季節になっても
日本シリーズで盛り上げてくれた日ハムと駒苫の選手の皆さんには
本当に心から感謝しています。
私が北海道に来て、もう11年が過ぎました。
しかし、昨年と言い、今年と言い
こんな素晴らしい感動を一緒に味わえた事は
私の一生の宝物となりました。
来年、私はどこの町に住むのか、まだ決まってないけれど、
やっぱり北海道は第2の故郷だと
胸を張って生きていきたい。
【勇気】【夢】【努力】
すべて誰もが簡単に使う言葉だけれど、
その重みを知ってる人間はまだまだ少ないでしょう。
私も死ぬまで、向上心を忘れないで努力して行きたいと思っています。
なのに‥(余談だけれど、)
本格的にダイエット始めて2週間が過ぎたと言うのに
1キロも体重が減ってないって
ど~ゆ~事なんでしょうね。
【努力】が報われないのですぅ‥。
皆さんは家に帰った時
『ただいま!』
って言ってるだろうか?
ワンコとの毎日のお散歩の中で
アレっ!?と感じている事なのだ。
私は毎日仕事が終わって、
だいたい7時前後ぐらいにお散歩に出掛ける。
住宅街を通るせいか、仕事帰りのお父さん達に良く出くわすのだ。
色々な人がいて
ピンポーンを鳴らし、誰かが鍵を開けてくれるのを待っている人。
そうかと思えば、確かに誰か居るのに
自分で鍵を開け、家に入る人。
様々な環境、現実の中に帰って行くお父さん達だが
まだ誰ひとりとして
『ただいま~』の声を聞いた事がないのだ。
みんな黙って家に入っていく。
これは以前から不思議だったのだが、
何故、こんな簡単な挨拶さえしなくなったんだろう。
これだもの、今の子供達がキチンとした挨拶が出来ないはずである。
『おはよう』『おやすみなさい』
『いただきます』『ごちそうさま』
『行ってきます』『ただいま』
これくらいは家庭内の必要最小限の挨拶と言えるのではなかろうか。
疲れ果ててる世の中のお父さん方、
躾や教育とは、わざわざ教えなくても
我が背中を見せてるだけで良いんじゃないだろうか。
子供は親の言動を、案外細かく見て批判したりしてるもの。
それを忘れずに、我が背中を見せて行こうではないか。
『ただいま!』
って言ってるだろうか?
ワンコとの毎日のお散歩の中で
アレっ!?と感じている事なのだ。
私は毎日仕事が終わって、
だいたい7時前後ぐらいにお散歩に出掛ける。
住宅街を通るせいか、仕事帰りのお父さん達に良く出くわすのだ。
色々な人がいて
ピンポーンを鳴らし、誰かが鍵を開けてくれるのを待っている人。
そうかと思えば、確かに誰か居るのに
自分で鍵を開け、家に入る人。
様々な環境、現実の中に帰って行くお父さん達だが
まだ誰ひとりとして
『ただいま~』の声を聞いた事がないのだ。
みんな黙って家に入っていく。
これは以前から不思議だったのだが、
何故、こんな簡単な挨拶さえしなくなったんだろう。
これだもの、今の子供達がキチンとした挨拶が出来ないはずである。
『おはよう』『おやすみなさい』
『いただきます』『ごちそうさま』
『行ってきます』『ただいま』
これくらいは家庭内の必要最小限の挨拶と言えるのではなかろうか。
疲れ果ててる世の中のお父さん方、
躾や教育とは、わざわざ教えなくても
我が背中を見せてるだけで良いんじゃないだろうか。
子供は親の言動を、案外細かく見て批判したりしてるもの。
それを忘れずに、我が背中を見せて行こうではないか。
今週の日曜日、
埼玉県に住む先輩が札幌を訪れると言う。
私が18歳で働き始めた時、21歳だった先輩。
とても厳しい人だったので、
後輩たちは皆、彼女を嫌っていた。
でも私は何故か、とても可愛がられてたので
嫌いどころか、大好きな先輩だった。
お互い、子供が出来て仕事を辞めてからも
お付き合いはずっと続き、今に至っているのだ。
その先輩が突然、
『札幌に一人で行くんだけど会えたらいいなぁ』
と弱気なメールをしてきた。
『絶対に会わなきゃダメですよ!』
と強引なメールを出した私は
日曜日、空港に迎えに行き
札幌で夕飯をご一緒させてもらう事になった。
実は彼女、昨年、離婚をしたのだ。
旦那さんもとても良い人で
働いてる時には、彼女を嫌う後輩たちを
羨ましがらせるだけ羨ましがらせた程の
良い男だったのだ。
それが、昨年春、
離婚に際しての相談を受けた時には
我が耳を疑った。
旦那さんは、彼女が1人目を妊娠した頃から暴力的になり、
身重の彼女に殴る蹴るを繰り返していたと言う。
普段は穏やかな人なのに、何かをキッカケに
豹変してしまう彼に恐怖を覚えながらも
いつか必ず、良い父親になってくれるはず と信じて
2人の子供を産んだ彼女。
しかし、事態は更に悪化するばかりで、
子供達にまで手をあげるようになった旦那さん。
彼女は2人目の子供が小学校に入った頃から
子供達が高校を卒業するまではと
ひたすらガマンをし、離婚計画を立てていたらしい。
そして昨年春、晴れて離婚となった訳である。
誰にも言えなかった旦那さんの暴力に
ただひたすらガマンするしかなかった先輩を思うと
涙が出て、止まらなかった。
子供達にも後押しされて、離婚に至ったその経緯は
我々が想像を絶するものだったらしい。
そんな話を泣きながらした2人だから
絶対、今回の再会は果たさなければならないと思った。
札幌で美味しい物を食べさせて、
日頃の労を労ってあげたいと、心から思っている。
ただ心配なのは、何十年と会っていない2人だから
空港に迎えに行っても分かるかどーか。
彼女の方が年上なだけに
その事を異常に心配している。
だけど私は思う。
それが自分の生きてきた証だし、年老いた事を恥じる事はない。
だって私たち、
本当に若い時から一生懸命旦那様に尽くして
子供たちの為に生きてきたんだもの。
自信を持って、会いに来て欲しいし、
会いに行くつもりである。
埼玉県に住む先輩が札幌を訪れると言う。
私が18歳で働き始めた時、21歳だった先輩。
とても厳しい人だったので、
後輩たちは皆、彼女を嫌っていた。
でも私は何故か、とても可愛がられてたので
嫌いどころか、大好きな先輩だった。
お互い、子供が出来て仕事を辞めてからも
お付き合いはずっと続き、今に至っているのだ。
その先輩が突然、
『札幌に一人で行くんだけど会えたらいいなぁ』
と弱気なメールをしてきた。
『絶対に会わなきゃダメですよ!』
と強引なメールを出した私は
日曜日、空港に迎えに行き
札幌で夕飯をご一緒させてもらう事になった。
実は彼女、昨年、離婚をしたのだ。
旦那さんもとても良い人で
働いてる時には、彼女を嫌う後輩たちを
羨ましがらせるだけ羨ましがらせた程の
良い男だったのだ。
それが、昨年春、
離婚に際しての相談を受けた時には
我が耳を疑った。
旦那さんは、彼女が1人目を妊娠した頃から暴力的になり、
身重の彼女に殴る蹴るを繰り返していたと言う。
普段は穏やかな人なのに、何かをキッカケに
豹変してしまう彼に恐怖を覚えながらも
いつか必ず、良い父親になってくれるはず と信じて
2人の子供を産んだ彼女。
しかし、事態は更に悪化するばかりで、
子供達にまで手をあげるようになった旦那さん。
彼女は2人目の子供が小学校に入った頃から
子供達が高校を卒業するまではと
ひたすらガマンをし、離婚計画を立てていたらしい。
そして昨年春、晴れて離婚となった訳である。
誰にも言えなかった旦那さんの暴力に
ただひたすらガマンするしかなかった先輩を思うと
涙が出て、止まらなかった。
子供達にも後押しされて、離婚に至ったその経緯は
我々が想像を絶するものだったらしい。
そんな話を泣きながらした2人だから
絶対、今回の再会は果たさなければならないと思った。
札幌で美味しい物を食べさせて、
日頃の労を労ってあげたいと、心から思っている。
ただ心配なのは、何十年と会っていない2人だから
空港に迎えに行っても分かるかどーか。
彼女の方が年上なだけに
その事を異常に心配している。
だけど私は思う。
それが自分の生きてきた証だし、年老いた事を恥じる事はない。
だって私たち、
本当に若い時から一生懸命旦那様に尽くして
子供たちの為に生きてきたんだもの。
自信を持って、会いに来て欲しいし、
会いに行くつもりである。